ニホンジカと森林生態系の未来を探る 千葉大学 梅木教授にインタビュー

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今回は、千葉大学の梅木教授にインタビューしました。

梅木教授は、ニホンジカの食害による森林生態系の影響を研究し、シカ排除柵を用いた調査や微生物の役割解明を通じて、持続可能な森林管理の方法を探求しています。

研究を始めたきっかけ

テラリウム編集部:梅木教授が森林生態系とニホンジカによる食害の研究を始めたきっかけを教えていただけますか?

梅木教授:長年にわたり天然林の動態について研究してきましたが、ここ20年ほどでニホンジカの影響が顕著に増大し、その影響を無視して天然林の動態を研究するのが困難になってきました。ニホンジカの影響を考慮せずには研究ができなくなったため、自然とニホンジカの影響を組み込んだ研究へとシフトすることになったんです。

また、現在の主な調査地となっている東京大学・秩父演習林にて、シカ排除柵を用いた大規模な研究に誘っていただいたことがきっかけで、ニホンジカの研究を本格的に進めることになりました。

ニホンジカの食害が森林に与える影響

テラリウム編集部:ニホンジカの食害は森林にどのような影響を与えるのでしょうか?

梅木教授:ニホンジカが森林に与える最も直接的な影響は、植物を食べることです。ニホンジカはほとんどの植物を食べることができ、主に葉や若い枝を好んで食べます。また、樹皮を剥いで食べることもあり、これが進行すると、大きな木を枯らしてしまうこともあります。さらに、ツノを擦り付けることによって、樹木を傷つけることもあります。

このような食害によって、森林の植生が減少するだけでなく、森林生態系の様々な面にも間接的に影響します。例えば、ニホンジカによって森林の林床に生えるササが激減すると、ササに依存する小さな昆虫たちが減少し、それらを食べている鳥類も少なくなります。

さらに、林床の植生が失われることで、雨が土壌に直接当たりやすくなり、土壌の流出が進んでしまうのです。

ニホンジカはなぜ増えた?

テラリウム編集部:なるほど、さまざまな影響が起こっているのですね。ところで、ニホンジカは昔から日本に生息していたと思いますが、近年になって問題視されるようになった理由は何でしょうか?

梅木教授:1980年代以降、ニホンジカの個体数が急増し、分布域が拡大、そして生息密度が上昇する中で、彼らの影響が顕著になってきました。ニホンジカの急激な増加には、いくつかの主要な要因が絡んでいます。

まず、温暖化により雪の量が減少し、冬季の死亡率が低下したことです。特に大きな要因は、狩猟などを通じて人間がもたらしていたニホンジカに対する負の影響が大幅に減少したことだと考えています。ニホンオオカミが絶滅し、自然の捕食者がいなくなったことが影響していると考える人もいます。

農地への影響について言うと、人間が里山の利用を減少させた結果、シカと人間の生息域を隔てる緩衝地帯が失われたことが大きいと思います。かつて里山では燃料や肥料を採集していたため、里山の雑木林は疎林や禿山、草地といった状態で、これらに対するシカの影響は比較的目立たないことが多く、また見晴らしが良いためシカが農地に近づくことも少なかったと想像できます。

シカ柵の効果と植生の回復

テラリウム編集部:シカの侵入を防ぐためのシカ排除柵(以下、シカ柵)を調査地の森林内に設置しているようですが、シカ柵の有無によって植生にどのような違いが見られるのでしょうか?

梅木教授:シカ柵を設置すると、通常は柵内の植物が劇的に増加します。しかし、秩父演習林のシカ柵試験地では、シカ柵によって下層植生が回復した場所もあれば、ほとんど回復しなかった場所もあります

テラリウム編集部:なるほど、その違いが起きる要因はどのようなものが考えられますか?

梅木教授:要因としてまず考えられるのは、「光の強さ」です。上層の樹木が繁茂し、光を遮ってしまっているため、シカ柵を設置しても下層植生が回復しないのです。しかし、私たちの調査地では、光の強度が適切であるにもかかわらず、植生が回復しない場所もあります。この現象には別の要因が関与していると考えられます。

そこで、私たちは土壌中の微生物、特に真菌類とバクテリアの状況を詳しく調査しています。これらの微生物は植物の成長や健康に大きな影響を与えることが知られています。真菌類やバクテリアの種類や活動が、植生の回復にどのように関与しているのかを解明するため、現在はDNA解析を用いた詳細な調査を行っています。

食害の影響と森林の調査方法

テラリウム編集部:食害の影響と森林の回復状況について、具体的にどのように調査されているのでしょうか?

梅木教授:森林の下層には、さまざまな小さな植物が密集して生育していますが、これらを広範囲にわたって調査するのは非常に多くの労力と時間がかかります。

そこで、シカ柵の有無や標高、上層の樹木の状況など異なる環境条件を持つ森林に、2m x 2mまたは1m x 1mの小さな調査地を多数設置することで、広い面積を効率よくカバーし、植物の生育状況を把握することができます。具体的には、植物が地面をどれだけ覆っているかを示す「被度」や、植物の高さなどの測定項目を記録します。

さらに、樹木の実生(発芽したばかりの幼木)についても詳しく調査します。実生の近くには個体識別用の「旗」を立て、時間とともにその生存状態や成長の変化を追跡します。

これらのデータを解析することで、実生の新規加入速度や成長速度、死亡率などを明らかにすることができます。

研究で苦労した点

テラリウム編集部:研究を通じて一番苦労した点はどのようなことでしょうか?

梅木教授:秩父演習林の調査地はアクセスが悪い場所が多く、山道を長時間歩かなければいけない場合は少し苦労しますね。また、DNAを扱う手法など新しい手法を使うために、設備を整えたり技術を習得したりするのに奮闘しているところです。

どちらも苦労はしていますが、ハイキングのような感覚で森の景色を味わえたり、学生の皆さんと一緒に挑戦してみたり、楽しいと思えることも多いです。

森林生態系と機能を明らかに

テラリウム編集部:今後の研究の展望について教えていただけますか?

梅木教授:森林生態系は、多くの生物が複雑に関係しながら共存しています。私たちの研究では、この生物間の相互作用を深く理解し、森林が果たす機能を明らかにすることを目指しています。今後の研究では、単に生物が共生しているかを調べるだけでなく、たとえば「Aが増えるとBも生き残りやすくなる」といった具体的な相互作用を定量的に把握していきたいと思っています。

テラリウム編集部:なるほど、そのために今後どのようなアプローチを取られる予定ですか?

梅木教授:数理モデルを用いて生態系のダイナミクスを理解し、データを統計学的にモデル化してシミュレーションを行う予定です。これにより、より精緻な予測が可能となります。また、シカの頭数や密度を理想的な状態に保つことで森林生態系のバランスを調整し、狩猟やシカ排除柵を活用してシカの数を適切に管理し、森林環境の保全に役立てていく方針です。

このアプローチによって、森林生態系の複雑な相互作用を解明し、持続可能な森林管理に貢献できると考えています。森林の機能を理解することで、自然と人間社会の調和を図りながら、持続可能な未来を築く手助けをしていきたいです

現在進めている研究

テラリウム編集部:現在進めているその他の研究について教えていただけますか?

梅木教授:火入れを含む、縄文時代などの過去に行われていた人間による土地利用が地域の植生に与える影響を、自然に残っている痕跡を調査しながら明らかにすることを計画しています。

研究のやりがいと原動力

テラリウム編集部:研究を通じて感じているやりがいや、研究意欲の原動力について教えていただけますか?

梅木教授:研究を通じて、知られていなかったことを明らかにできたことや、コンピュータシミュレーションなどによって自然現象の再現や将来予測ができたことなどで、やりがいを感じました。私の研究は黙々とデータを集め、それを解析していく地道な作業が多く、派手な発見の瞬間などは少ないですが、小さな発見に出会えた時はとても嬉しいですね。

また、共同研究の仲間や学生さんたちと共に課題を克服していくことで予想以上の進展があったり、一緒に泊まりながら調査をすることも楽しみの一つになっています。

読者へのメッセージ

テラリウム編集部:最後に、テラリウム読者に向けて一言いただけますか?

梅木教授:植物には派手な動きはありませんが、美しく存在感があり、生産者として地球上の生命を支えています。

さらに、植物は多種多様で、それぞれが独自の特徴を持っています。私が研究している樹木で言うと、大きく堂々とした立派な姿にとても魅力を感じています。

各植物が持つ固有の魅力を発見し、自分の好みの植物を見つける楽しさを味わっていただきたいと思います。植物の美しさを感じることで、自然の素晴らしさをより深く楽しんでいただければ幸いです。

お話を聞いた人のプロフィール

名前梅木 清
職位教授
所属組織千葉大学 大学院 園芸学研究院
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編集者・ライター
TERRARIUM編集部です。SDGsや環境に関連するコラムをお届けします。
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