生物多様性と生態系機能の探求をつづける横浜国立大学大学院 佐々木 雄大教授にインタビュー

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今回は、横浜国立大学大学院の佐々木雄大教授にインタビューをしました。

佐々木教授は、生物や生態系の多様性が持つ意義と効果に魅了され、これらの事象が人間社会にもたらす恩恵を探求しています。

研究のきっかけ

TERRARIUM編集部:佐々木先生は生物多様性と生態系機能に関する研究に精力的に取り組まれていますが、そもそもこの研究を始められたきっかけについて教えていただけますでしょうか。

佐々木教授:生物や生態系の多様性がどのような意義を持ち、その多様性の存在によってどのような効果がもたらされるのかに関心を抱いたことが、研究を始めるきっかけとなりました。加えて生物多様性の重要性が社会的にも注目されるようになったため、より詳細に追究したいと考えるようになり、徐々にこの研究に没頭していくようになりました。

生物多様性と生物系機能の具体例は?

TERRARIUM編集部:生物多様性と生態系機能について、具体的にはどのようなものを指しているのでしょうか。もう少し詳しく説明していただけますか。

佐々木教授:生物多様性とは、多種多様な生物が存在し、それぞれが独自の特性を有していることを表しています。例えば、葉の形状や色彩、植物の草丈などの特性が幅広く存在することを意味します。一方、生態系機能とは、多様な生物によって生み出される物質の生成や分解、エネルギーの循環など、生態系全般にわたる機能を包括的に示しています。多様な植物が微生物によって分解され、物質が巡るプロセスなどが、生態系機能の一例として挙げられるでしょう。

生態系の多機能性理解による恩恵

TERRARIUM編集部:生態系の多機能性を維持する方法などを解明することで、どのような利点があるのでしょうか。人間が生態系の機能から享受している恩恵などもあるのでしょうか。

佐々木教授:例えば植物は太陽のエネルギーを固定できる唯一の生物であり、植物を食べる生物がいたりと、人間の生活に欠かせない存在となっています。また、植物は炭素を固定する役割も担っており、地球環境において二酸化炭素などの温室効果ガスが過剰に増加しないようにする重要な機能を果たしているのです。

このように、生態系の多機能性を維持することは、人間社会が生態系から受ける恩恵を将来にわたって享受し続けるために不可欠です。生態系の機能が損なわれれば、私たち人間の生活にも大きな影響が及ぶ可能性があります。そのため、生態系の多機能性を維持する方法を解明し、生物多様性を保全していくことが重要なんです。

生物多様性と生態系の多機能性に関する長年の研究

TERRARIUM編集部:2020年度から新たな研究を開始されたそうですが、これまでどのような取り組みをされてきたのか、概要を教えていただけますか。

佐々木教授:山岳湿原生態系の多機能性に関する研究は2020年頃から着手しましたが、生物多様性についての自身の研究は2009年から蓄積してきました。例えば、知人の研究者がコロナ禍の際に発見した昭和初期の山岳湿原の植生調査資料なども活用し、過去からの植生変化についての研究が大きく前進したというものがあります。また、湿原の面積減少過程をシミュレーションし、一様ではなく偏ったから減少過程が生物多様性に及ぼす影響を明らかにしています。また、気候変動が生物多様性に与える影響についても研究を進めているところです。

TERRARIUM編集部:研究フィールドとして青森県八甲田山に着目された理由を教えていただけますか。

佐々木教授:日本の山岳湿原は主に本州中部から東北地方にかけて分布しており、青森県の北八甲田山系では、過去の火山活動や積雪パターンの影響で大小様々な湿原が300〜400程度点在しています。私が学位取得後に3年間在籍した東北大学の植物園の分園が八甲田に位置していることも、選定の理由の一つです。

八甲田では、市販のティーバッグを用いた物質の分解過程の検証なども実施しています。また、先ほど述べたように、十和田湖から八甲田山系周辺にかけて昭和初期の植物分布データが存在し、およそ100年間の植生変遷を研究しています。植生の分布域が垂直方向に徐々に推移するなど、気候変動の影響が様々な形で表れていることが判明してきました。

湿原の生物多様性と炭素貯留などの多機能性の関係

TERRARIUM編集部:湿原が気候変動の緩和に役立つとのことですが、湿原のどのような機能が気候変動に影響を及ぼすのでしょうか。

佐々木教授:山岳湿原は、冷涼かつ過湿な環境にあるため、植物が光合成によって固定した炭素が、遺体となったときに、分解されずに蓄積されやすいのです。しかし、気候変動や環境変化の影響で湿原が縮小したり、乾燥化することで蓄積された炭素の分解が加速してしまうと、本来の自然のプロセスが崩れることになることが問題となるといえます。

TERRARIUM編集部:湿原内の植物群や微生物群の多様性が湿原の多機能性に影響を与えるとのことですが、どのような機能が挙げられるでしょうか。また、生物多様性が多機能性に影響する理由を教えていただけますか。

佐々木教授:植物による一次生産量、物質分解の速度、土壌微生物の呼吸量や存在量などが、湿原の多機能性を示す指標となります。生物多様性が高いほど、これらの機能も多様になると考えられるのです。また、生物種の構成が場所ごとに異なることで、湿原全体としての機能の多様性が生まれるのです。一方で、湿原の縮小は、多様性そして生態系機能の減少につながる可能性があります。

TERRARIUM編集部:そういった湿原内の生物多様性と多機能性の関係性は、どのような研究手法で解明されたのでしょうか。

佐々木教授:八甲田山系の20以上の湿原で、大きさや環境条件が異なる様々な場所の植物相や微生物相、生態系機能を調査しました。そのデータを基に解析を行った結果、場所ごとに異なる機能が発揮されていることが判明したのです。

多様な環境における生物多様性と生態系機能の関係性解明への挑戦はつづく

TERRARIUM編集部:最後に、今回の研究で見出された新たな発見や、今後の課題などがあれば教えていただけますか。

佐々木教授:現在取り組んでいるのは、湿原だけでなく、さまざまな地域のさまざまな生態系を対象とした調査によって、生物多様性の役割が異なる環境条件下でどのように変化するかを解明することです。例えば、降水量の多寡によって生物多様性や生態系機能がどのように変化するのかを、モンゴルの乾燥地などで実験的に探究しています。生物多様性を維持することで、生態系機能をどのように保全できるのかを模索しているところです。

また、陸域から対象を拡げ、海洋生態系の研究者とも連携を開始しています。2024年からは、自身にとって未知のフィールドである海洋生態系の研究にも着手する予定で、河口・沿岸域における藻類、底生動物、プランクトンなどを対象に、ニュージーランドの研究者とも協働で進めていく計画です。海洋生態系の生物多様性と生態系機能、人間社会や土着の文化との関わりを総合的に理解することを目指しています。

お話を聞いた人のプロフィール

名前佐々木 雄大
職位教授
所属組織横浜国立大学大学院 環境情報研究院 自然環境と情報部門
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TERRARIUM編集部です。SDGsや環境に関連するコラムをお届けします。
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