ハーブと菌根菌で、持続可能な農業と安全な食生活の未来を拓く 岐阜大学 松原教授にインタビュー
今回は、岐阜大学の松原教授にインタビューしました。
松原教授は、シソ科ハーブの抗菌性や菌根菌に着目し、それらを農薬や肥料の代わりに活用することにより、農業の持続可能性向上や安全性の高い作物の栽培を目指しています。
研究を始めたきっかけ
テラリウム編集部:松原教授がシソ科ハーブの研究を始めたきっかけを教えていただけますか?
松原教授: 元々、昔から言われているハーブの抗菌性に興味がありました。肉や魚といった食品に関わる微生物への抗菌性だけでなく、特に植物自身の病害に対する抗菌性にも関心を持っていたんです。さらに、脱炭素社会の推進も背景とした化学肥料・農薬の削減が求められる中で、ハーブの成分がその解決に寄与できるのではないかと考えました。
ハーブの成分に植物の病気に対する抗菌性があるかどうかは意外と知られていないんです。そこで、農薬の代わりに使えれば食の安全性や農業の持続性にも貢献できるのではないかと考え、ハーブの成分解析や抗菌作用、高機能化に関する研究を始めました。
研究に用いたハーブの選定理由
テラリウム編集部:研究では12種類のハーブ(オレガノ、セージ、ヒソップ、バジル、ダークオパール、ラムズイヤー、キャットニップ、ローズマリー、ペパーミント、タイム、スウィートマジョラム、レモンバーム)を使用されていますが、どのような理由で選んだのでしょうか?
松原教授:市販の苗には処理された農薬成分が含まれている可能性があるため、農薬成分が一切含まれていないものを研究用に使用するには種から育てる必要があります。ですが、岐阜は気温が高く、なかなか上手くハーブが育たないんです。そこで学生の皆さんに種を蒔いてもらい、高温でもしっかり発芽し、生育するハーブを選びました。
二次代謝成分について
テラリウム編集部:ハーブに含まれる二次代謝成分とはどのようなものなのでしょうか?
松原教授: 二次代謝成分は、植物が糖やタンパク質を代謝する一次代謝の過程で生じるものです。植物の生存には必要ない成分ですが、その成分には抗酸化作用があったり、良い香りが含まれていたりします。
精油のような揮発性二次代謝成分はその効果が持続しないため農業利用はできませんが、水溶性の成分は保存性が高く、低抽出コストなので農業利用できるのではないかと考えました。
菌根菌の活用
テラリウム編集部:ハーブの高機能化の方法としてアーバスキュラー菌根菌に注目された理由は何でしょうか?
松原教授: 菌根菌は植物の根に感染し、リン吸収を促進したり、植物の生育を助ける共生菌です。環境ストレス耐性を誘導する可能性もあります。このように生物肥料や生物農薬的機能を有する菌根菌は、化学肥料や化学農薬に頼らず、持続可能な農業につながる有望な研究対象と考えています。
また、菌根菌はどこにでも存在しており、私たちがこれまで食べてきた作物にも定着していますので、安全性は高いと考えています。アーバスキュラー菌根菌は植物根に感染するものの、細い側根にしか感染せず、他の微生物のように食べる部分まで入り込まないため安心できます。
研究での解析方法
テラリウム編集部:今回の研究で行った解析方法や調査方法について教えていただけますか?
松原教授:まず、ハーブの水溶性抽出液に含まれる二次代謝成分をメタボローム解析という方法で詳細に分析しました。また、ミキサーで青汁のようなハーブの水抽出液を作り、農作物への処理後に病原菌接種することでハーブの抗菌性を調べました。
そして、滅菌した土壌で育てたハーブと、菌根菌を接種した土壌で育てたハーブの生長と二次代謝成分の含有量などを調べ、菌根菌によるハーブの高機能化を調べました。
実験材料の栽培に苦戦
テラリウム編集部:今回の研究で一番苦労した点は何でしょうか?
松原教授: ハーブの抽出液の最適な処理法を確立するのに時間がかかりました。濃度や頻度、与える回数の調整が難しく、試行錯誤を繰り返しました。また、薬用植物は発芽が難しいものが多く、今回の実験に使おうとしたハーブも発芽率が低いものがあり、種を蒔いてもほとんど芽が出なかったりと、栽培に苦労しました。
病気抑制や菌根菌接種によるハーブの高機能化を解明
テラリウム編集部:研究結果について教えていただけますか?
松原教授: 抗菌・抗酸化作用のあるロスマリン酸などの成分が確認されました。これらの成分は単体ではなく、複数の成分が相乗的に効果を発揮するため、水抽出液として利用するのが最も効果的です。水抽出液はミキサーで簡単に作れるので、経済的で効果の持続性が高くとても利用しやすいことも利点です。
また、イチゴやメロンに対する病害抑制の効果もみられました。農薬よりも安全性の高い防除資材としての活用が期待されます。
そして、菌根菌に感染したハーブの方が、感染していないものより生長が良く、体内で生成する機能性成分も増大することがわかり、菌根菌接種によるハーブの高機能化が図れることを示すことができました。
今後の展望
テラリウム編集部:今後の研究の展望についてお伺いできますでしょうか?
松原教授: イチゴには病気に強い品種が存在しますが、その品種はあまり知られていないのと少し高価なため、消費者に食べてもらえません。なので生産者の方は従来の病気に弱くても消費者に知られている人気の品種を栽培するんです。このため、イチゴ栽培では病害が耐えない状況が続いています。そこで、品種低依存型の手法として菌根菌やハーブを利用することにより、病気を防いだり成長を促進できたらと考えています。
日常生活でのハーブの活用法
テラリウム編集部:ありがとうございます。ところで、日常生活でハーブの効果を取り入れる方法として、松原教授のオススメの使い方はありますか?
松原教授: レモンバームやレモングラスなどのハーブは、水出しして冷水で楽しむのがオススメです。爽やかで夏場にぴったりですよ。オープンキャンパスなどで出すと、とても喜ばれます。
また、ハーブの機能性成分を取り入れるのに、抽出液を使う方法が一般的ですが、ピザのバジルのように、丸ごと食べるのが一番効果的に機能性成分を摂取できるのではないかと思うんです。なので、ハーブを丸ごと使ったお菓子などを作れば、甘いものを美味しく食べながら身体に良い成分も糖分と一緒に摂取できるのではないでしょうか。将来的に「生薬のケーキ」なんてものを作れたら面白いなと思いますね。
安全性の高い食べ物を作るために
テラリウム編集部:松原教授が現在進められている研究についてお伺いできますでしょうか?
松原教授:まず、菌根菌の農業利用について研究しています。菌根菌を腐植酸といった成分と共に利用することで、イチゴの成長促進や高温耐性の向上が期待されています。菌根菌は無機養分の吸収を促進してくれるので、肥料の使用量を減らすこともできます。
名古屋大学との共同研究では、プラズマ照射溶液の農業利用に関する研究をしています。具体的には、イチゴ植物体にプラズマ処理溶液を散布することで、抗酸化機能を高め環境ストレス耐性を向上させたり成長促進・機能性成分増大作用を誘導することが目的です。
ハーブや菌根菌、プラズマなど、色々なことをやっているようにみえますが、どれも農薬や化学肥料の使用を減らし、安全性の高い食べ物を作るという共通の目的に向かって研究を進めています。
研究意欲の原動力
テラリウム編集部:研究を通じて感じているやりがいや、研究意欲の原動力について教えていただけますか?
松原教授: 食の安全性を高めることが最も大切だと感じて、それが一番の興味や原動力になっています。
また、植物の生存には必要ない成分が、人間や他の生き物にとっては有益であるという、そんな植物が有する二次代謝成分の秘めたる可能性にとても惹かれますね。
そして、菌根菌が植物と共生した時に、植物側にどのような変化が起きるのかということにとても興味があり、それを解明することが今とても面白いと感じています。
読者へのメッセージ
テラリウム編集部:最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。
松原教授: 植物は動物のように動けないからこそ、自分達の身を守るための防御応答がとても発達しています。そのために生成する二次代謝成分には、私たちの健康に良い影響を与えるものが多くあります。普段の食生活にこれらの成分を取り入れることで、より安全で健康的な生活を送ることができます。植物の防御応答に注目し、それを農作物や日常生活に活用することは非常に理にかなっています。ぜひ、植物が有する機能性成分をもっと意識してみてください。
お話を聞いた人のプロフィール
名前 | 松原 陽一 |
職位 | 教授 |
所属組織 | 岐阜大学 応用生物科学部 園芸植物栽培学研究室 |