乾燥ストレスに強いパンコムギで、干ばつや気候変動に立ち向かう 山口大学 妻鹿准教授にインタビュー

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今回は、山口大学の妻鹿准教授にインタビューしました。

妻鹿准教授は、気候変動による大規模な干ばつや乾燥地の拡大が起こる中、乾燥ストレスに強く、品質や収穫量を保てるパンコムギ種子の開発に取り組んでいます。

干ばつストレスとパンコムギ種子に関する研究のきっかけ

テラリウム編集部干ばつストレスとパンコムギ種子に関する研究を始めたきっかけをお伺いできますでしょうか?

妻鹿准教授元々生物の環境ストレス適応に興味があり、大学院時代は微生物の低温ストレスを調べていましたが、植物の環境ストレス適応のメカニズムが非常に発達していることを知り興味が出ました。そしてコムギの品質が干ばつのストレスで低下するという話を聞き、今まで自分がやってきた研究手法でそのメカニズムが解明できるのではないかと思い始めたのがきっかけです。

世界のコムギ栽培地と干ばつ被害

テラリウム編集部干ばつによるコムギへの影響は特にどの地域で問題となっているのでしょうか?

妻鹿准教授:コムギを栽培している地域ならどこでもその危険に晒されています。例えば黄河やナイル川流域などコムギ栽培地は元々雨が少ない地域が多く、干ばつの被害を受けやすいんです。

また、オーストラリアはコムギの主要な輸出国ですが、中央地域はほとんど雨が降りません。2018〜2019年ごろに大干ばつ災害が起こり、コムギ収穫量が通常の半分になってしまったことがあります。農家の収入もほぼゼロになるような事態が起こり、国内の需要量も賄えないので、海外から輸入する異例の事態となりました。

乾燥ストレスが与えるコムギへの影響

テラリウム編集部乾燥ストレスはコムギにどのような影響を及ぼすのでしょうか?

妻鹿准教授まず種が小さくなります。乾燥により蒸散が阻害されてしまい、体内の循環が滞り、光合成で得た栄養素が流れていかないためです。そしてストレスがかかるとストレスに耐える応答に力を使うため、栄養となるデンプンの合成が止まります。

また、コムギはパンなどを作る時に練って伸ばしたりしますが、乾燥ストレスがあるとグルテンを作るタンパク質が低下し伸びにくくなるため、品質が低下してしまうんです。

テラリウム編集部なるほど、乾燥ストレス応答とはどのようなことが起こるのでしょうか?

妻鹿准教授乾燥ストレス応答とは、気孔を閉鎖して体内の水が出ていくのを防ぐことです。また、植物は浸透圧の差で根から水を吸うので、糖やアミノ酸を作って貯めて植物体内の濃度を濃くすると、水の浸透圧の方が低くなり、根から吸収しやすくなります。

環境ストレスホルモン「アブシシン酸」の働き

テラリウム編集部耐乾性のある品種に含まれている、アブシシン酸(ABA)受容体タンパク質とはどのようなものなのでしょうか?

妻鹿准教授:ABAは環境ストレスホルモンと呼ばれています。細胞が乾燥ストレスを感知すると、細胞質で作られたABAが体内に伝達され、ABA受容体タンパク質に感知されることでストレスが伝わり、気孔を閉じたりストレス耐性遺伝子を活性化するという、シグナルのような役割をしています。

乾燥ストレスへの反応はどうやってわかる?

テラリウム編集部ありがとうございます。ところで、乾燥ストレスを与えた場合のコムギへの反応は、どのような方法で調べられたのでしょうか?

妻鹿准教授様々な方法がありますが、主に6通りの方法を使いました。

1. 水やりをやめて、乾燥ストレスを与える。

2. 葉を摘み取り、水が供給されない状態で時間毎に重量を測っていく。乾燥に強いものは重量が減りにくい。

3. 機械を使って葉から出てくる水の量(蒸散速度)を測る。出てきた水の量で乾燥への応答を見ることができる。乾燥すると水が出てくる速度が遅くなる。

4. 土に水をいっぱいにした状態で土壌水分センサーをつけておく。気孔を閉じていると水の減りが遅い。

5. 遺伝子発現を調べる。乾燥に応答した時に活発になる遺伝子があり、それを調べることでストレスがかかっているのかどうかがわかる。

6. ABAや糖、アミノ酸などの代謝物を調べる。ストレスを与えるとABAが増えていく。

サンプル採集の大変さと情報源の少なさに苦戦

テラリウム編集部今回の研究で一番苦労した点はどのようなことでしょうか?

妻鹿准教授コムギが育って種が収穫できるまでに時間がかかり、待たないといけません。それと種ができるタイミングが一緒なので、短期間で一度に大量のサンプルを集めなければいけないのがしんどかったです。人手を集めて手分けしてやりましたが、なかなかの重労働でした。気合いで乗り切りました。

また、代謝物を測定することで植物体内にどんな影響が出ているのかを知るメタボロミクスという実験方法がありますが、それをコムギの種でやっている研究者がほとんどいないため、情報が少なく手がかりがありませんでした。自分で調べないといけなかったので、コムギの情報が集約されているサイトでひたすら調べ続けたところ、ようやく干ばつストレスと種子の変化の繋がりがわかるポイントを見つけました。

植物が込める親から子へのメッセージ

テラリウム編集部今回の研究結果について教えていただけますでしょうか?

妻鹿准教授乾燥ストレスで蓄積するプロリンというアミノ酸があります。種子貯蔵タンパク質という、次世代のための栄養が種子の胚乳に詰まっているのですが、その中にプロリンも含まれていることを発見しました。プロリンは次世代が乾燥にさらされても生存できるように貯蔵されていることがわかったんです

プロリンを次世代に送るというのは一種の記憶ではないかと考えています。親が子に何かを伝える時、植物は言葉で伝えられないから、代謝物に込めて伝えているのではないでしょうか。子が生き残れるよう、親から子への愛のメッセージのようなものではと考えています。

今後の展望

テラリウム編集部今回の研究を踏まえて今後どのような展望を考えていらっしゃいますか?

妻鹿准教授:干ばつの主因は熱波であることから、植物の高温に対する反応についても興味を持っています。コムギが高温にさらされた場合どのような応答をするのか、プロリンのように子供に高温に耐えるための記憶を代謝物として残しているのではないかと考えています。それは何なのか、どういう形やメッセージで蓄積されているのかを今後研究してみたいです。

研究の課題

テラリウム編集部今回の研究の中で見つかった新たな課題などがあればお伺いできますでしょうか?

妻鹿准教授コムギの研究の歴史がまだ浅いため、関連する団体もまだそこまで大きくなく、関係する情報があまり集約されていません。もう少しデータを整理してアクセス・共有しやすくしていくことが今後の課題だと考えています。

パンを焼いた時の良い香りのメカニズムを解明!?

テラリウム編集部妻鹿准教授が現在進められている研究についてお伺い出来ますでしょうか?

妻鹿准教授乾燥ストレスによりグルテンに関する品質が低下するという話をしましたが、味にも影響があるかもしれないと考えました。ただ、パン自体の味は多くの人はあまり気にしていないのではないかと思います。じゃあ重要なのは何だろうか?と考えた時に、パンが焼ける時の匂いが重要なのではないかと思いついたんです。

そこで、パンを焼いた時に良い香りがするコムギの系統を選抜して、その原因となる遺伝子を解明する研究に取り組んでいます。

良い香りのパンを作ることができれば、コムギに興味を持ってもらえる人が増えるかもしれません。そうなったら嬉しいですね。

面白いと感じることに忠実に生きる

テラリウム編集部最後に、研究を通じて感じているやりがいや、研究意欲の原動力について教えていただけますでしょうか?

妻鹿准教授:とにかく重要なのは面白いと感じることです。人間って誰しも興味があると熱心に取り組めますが、興味がないものは後回しにしてしまいます。苦痛に感じると興味をくすぐらない。自分が面白いと感じることを忠実に追いかけることが原動力になっています。

また、好奇心、探究心、知識欲、想像力が大切です。知りたいという欲求が強いから続けられている、それが原動力になっています。お金をもらっても興味がないことはできないなと思います。

テラリウム編集部なるほど、ありがとうございます。学生と接する際にも、興味という部分を意識されているのでしょうか?

妻鹿准教授そうですね、学生たちにも興味を持ってもらえることに重点を置いて話すようにしています。身近なことと研究が結びついていることを話すと興味を持ってもらいやすいですね。

パンの香りの研究も、パンを焼くのが好きな学生にやってもらっています。卒業しても好きなことをやり続けてもらえたらと思います。

お話を聞いた人のプロフィール

名前妻鹿 良亮
職位准教授
所属組織山口大学 大学院 創成科学研究科(農学)
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TERRARIUM編集部です。SDGsや環境に関連するコラムをお届けします。
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