塩害と戦う~耐塩性イネの可能性~上田教授にインタビュー

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今回は、 広島大学統合生命科学研究科の上田教授に質問させていただきました。

農業における塩害問題への取り組み

テラリウム編集部:上田教授の研究内容について教えていただけますでしょうか?

上田教授:私は農業における塩害問題の解決に取り組んでいます。乾燥地や沿岸部では、土壌の表層に塩分が貯まりやすいために塩害が発生し、植物の生育を悪くします。塩害土壌で植物の生育が悪くなる仕組みを調べるとともに、塩害に強い植物の創出を行っています。

世界規模の問題:塩害の深刻さ

テラリウム編集部:環境ストレスの中でも特に塩ストレス(塩害)に目を付けた理由はどのような点にあったのでしょうか?

上田教授:世界的に深刻な農業問題となっているためです。国連食糧農業機関(FAO)の報告によれば、世界の塩害農耕地面積は日本国土の約12倍に相当します。

塩害が植物に与える影響

テラリウム編集部:植物は塩害によってどのような影響を受けてしまうのか説明していただけますか?

上田教授:まず脱水作用を受けます。根の周りの塩分濃度が高くなると、塩漬けにした野菜のように、植物は水分を失って萎れます。また、多くの植物は塩(ナトリウム)を生育に必要としませんが、土壌中のナトリウムが徐々に植物体内に貯まり、塩分過多になり枯れてしまいます。

イネに着目した理由

テラリウム編集部:耐塩性の研究で、イネに着目したのはなぜなのでしょうか?

上田教授:東南アジアやアフリカの水田では塩害問題が発生しているためです。イネはトウモロコシやコムギとともに世界3大穀物の1つですが、この中では最も塩害に弱いため、塩害に耐える性質(耐塩性)を強化する必要があります。

耐塩性イネの開発:交配と遺伝子組み換え

テラリウム編集部:作物に耐塩性をつけるためにどのようなことをしているのでしょうか?

上田教授:多くのイネ品種は塩害に弱いですが、まれに強い品種が存在します。ただし、そのような品種は食味に優れないことが多いため、食用品種と塩害に強い品種を交配したり、塩害に強くなるための鍵を握る遺伝子を単離して、遺伝子組み換えを行ったりすることで、食味に優れた耐塩性イネを作り出すことができます。

野生の耐塩性植物から学ぶ

テラリウム編集部:マングローブやガラパゴストマトなど、野生の耐塩性植物から学んだ重要な知見はありますか?

上田教授:マングローブ樹種の中には葉の表面から体内の余分な塩分を出す、独特な仕組みを持っている種が存在します。また、ガラパゴストマトは葉に多くの塩をためても生きていける仕組みを持っています。現在、これらの仕組みに重要な役割を果たす遺伝子の単離を行っています。

遺伝子組み換えのメカニズム

テラリウム編集部:遺伝子組み換えのメカニズムについてお教えいただけますか?

上田教授:交配ができない他の植物や微生物、動物が持つ遺伝子を導入することができます。塩害に強くするための遺伝子を一度、アグロバクテリウムという細菌に導入し、そのアグロバクテリウムをイネに感染させることで遺伝子組み換えを行うことができます。

研究の苦労と乗り越え方

テラリウム編集部:今回の研究で一番苦労した点はどのようなことでしょうか?またどのように乗り越えられたでしょうか?

上田教授:塩害に強いイネ品種の探索に苦労しました。遺伝子組み換え植物の栽培は多くの国によって規制されています。そのため、交配による従来の品種改良法も重要な方法の1つになりますが、それには耐塩性イネ品種を探し出す必要があります。今までに500品種以上のイネを栽培して耐塩性品種を探してきましたが、これはとても大変な作業です。

日本で栽培されているイネ品種(コシヒカリやヒノヒカリなど)の多くは塩害に弱いため、なるべく違う国のイネ品種や食味に優れない品種、葉や種もみの色が違う品種など、なるべく特徴が違うイネ品種を入手して、耐塩性に優れた品種を探し出しました。

研究の喜び

テラリウム編集部:今回の研究で、一番良かったと思った瞬間はありますか?

上田教授:たくさんのイネを栽培してみて、塩害に強い品種がやっと見つかった瞬間がうれしかったです。本当に強い品種は500品種中、ほんの数品種しかありませんが、現在は見つかった耐塩性イネ品種がなぜ塩害に強いのかを調べています。

未来の可能性:海での作物栽培?

テラリウム編集部:今回の研究を踏まえて耐塩性の作物が世界中に普及する未来もあるのでしょうか?

上田教授:現在普及しているイネ品種よりも塩害に強いイネ品種を作り出すことは十分できますが、海水にも耐え、かつ、十分な収量を得ることができるイネを作ることはまだまだ難しいです。海水には塩害を引き起こす原因となるナトリウムが多く含まれますが、植物が必要とする養分も含まれていますので、薄めた海水を使ってのイネ栽培はいつの日かできるようになると思います。

新たな発見と課題

テラリウム編集部:今回の研究の中で見つかった新たな発見や課題などがあればお伺いできますでしょうか?

上田教授:海水で育つ作物を品種改良や遺伝子組み換えで作り出すことも大事ですが、もともと沿岸部で自生している耐塩性に優れた塩生植物(ガラパゴストマトもその1種です)も研究しています。このような植物の中から食味や栄養価に優れた植物を探して作物化することも研究しています。

世界の問題解決への貢献

テラリウム編集部:上田先生の研究は、世界の問題(気候変動や環境問題、食糧飢餓など)を解決する手立てにもつながっていくのでしょうか?

上田教授:塩害は世界的な環境問題で農業に深刻な影響を与えています。今後、気候変動により塩害地はさらに拡大すると予想されています。植物が塩害に耐える仕組みを理解して耐塩性植物を作る研究はきっと世界の環境・農業問題の解決の一助となると信じています。

現在進行中の研究

テラリウム編集部:上田先生が現在進められている研究についてお伺いできますでしょうか?

上田教授:塩害に強いイネ品種を作る研究とともに、イネを塩害に強くするための化学物質や微生物の探索とその実用化に取り組んでいます。また塩害現地を訪問して、どれくらいの塩分が貯まっているのか、どのような種類の塩分が貯まっているのか、など塩害土壌調査も行っています。

研究のやりがいと原動力

テラリウム編集部:研究を通じて感じているやりがいや、研究意欲の原動力について教えていただけますでしょうか?

上田教授:塩害は実際に現場で起きている問題なので、研究を進めることは最終的には農業生産に役立つ点にやりがいがあります。海外での調査中に、水田が塩害を受けて水稲栽培ができなくなった農家さんと話をする機会がありましたが、塩害問題で困っている農家さんの手助けになれればと思っています。

研究人生のゴール

テラリウム編集部:研究人生を通してのゴール(達成目標)は何かありますか?

上田教授:塩害に強い植物を創出して普及させることや、沿岸部に自生する野生植物のうち食味や栄養価に優れた植物を作物化し、それを普及させることです。

テラリウム読者へのメッセージ

テラリウム編集部:テラリウムの読者(植物に興味を持った人達)に向けて、一言お願いいたします!

上田教授:沿岸部は塩分濃度が高いために、植物が育ちにくい環境です。しかしながら、塩分に強く、海水を被ってもたくましく生き延びる塩生植物がそこにはいますが、自生地の減少により絶滅が危惧されている種もいます。条件がよい内陸部での競争に負けて沿岸部に進出したとも言われていますが、根を深く張ったり、多肉化したりなど、独特な特徴を持った植物がいますので、沿岸部を歩くときはぜひゆっくりと観察してみてください。

 お話を聞いた人のプロフィール

名前上田 晃弘
職位教授
所属組織 広島大学 統合生命科学研究科



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編集者・ライター
TERRARIUM編集部です。SDGsや環境に関連するコラムをお届けします。
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