“微生物の力で植物を守る”ネギ由来のGSACが切り開く持続可能な農業の未来 岐阜大学 清水教授にインタビュー
今回は、岐阜大学の清水教授にインタビューしました。
清水教授は、ネギ由来の成分がフザリウム萎凋病を引き起こす土壌中の病原菌を抑制する微生物を増やすことを発見しました。そして、微生物の力で農作物を病原菌から守れるような環境に優しい持続可能な農業を確立できる方法を研究しています。
研究を始めたきっかけ
テラリウム編集部:今回の研究を始められたきっかけについてお伺いできますか?
清水教授:土壌の中では、常に微生物と病原菌の間で静かな戦いが繰り広げられています。通常は両者のバランスが保たれていますが、何らかの要因で病原菌が急激に増殖すると、植物に病気が発生してしまいます。
従来の対策として土壌消毒が行われてきましたが、これは毒性の強いガスを使用して土壌中の微生物を全滅させるもので、環境や人体に悪影響があります。世界的にも、こうした方法の使用を控える流れになっています。
以前から、土壌に常在する有益な微生物を増やして病原菌を抑制すれば、植物の健康を守れるのではないかと考えられてきました。しかし、そのような「健康的な土壌」を人為的に作り出すことは、今日に至っても実現できていないんです。
私が学部生だった頃、この問題について初めて学び、興味を持ちました。そして、健康的で病害抑制効果のある土壌を作る研究に携わりたいと思うようになったのがきっかけです。
深刻な農業被害をもたらすフザリウム萎凋(いちょう)病
テラリウム編集部:フザリウム萎凋病について詳しく教えていただけますか?
清水教授:フザリウム萎凋病は、フザリウムオキシスポラムという病原菌が引き起こす病気です。この菌は非常に厄介で、100種類以上の植物に感染し、枯死させてしまいます。特にウリ科やナス科の野菜、バナナなどに深刻な被害を与えています。
大きな問題となっていますが、効果的な農薬がないのが現状です。病気に強い品種を開発しても、それに感染する新たな菌が出現するという、いたちごっこの状態が続いています。
さらに厄介なのは、一度発生すると根絶が非常に難しいことです。この菌は厚壁胞子という耐久性の高い胞子を作り、土壌中に何年、場合によっては何十年も生存し続けることができます。そのため、発生した畑では長期間作物を育てられなくなり、場所を変えざるを得なくなることもあるのです。
ネギ属植物による病害抑制効果
テラリウム編集部:ネギ属植物によるフザリウム萎凋病の病気抑制効果は昔から知られていたのでしょうか?
清水教授:実は、ネギ類を混植したり輪作することで病気が抑えられるという知識は、2000年以上前から存在しており、紀元前1世紀に中国で書かれた「氾勝之書」という農業書にも記載されています。日本にも300年ほど前から伝わっていて、玉ねぎの後にウリ科野菜を植えたり、スイカ畑にネギを植えるといった方法が、広く定着しています。
約40年前、栃木県の研究者がこの現象を調査し、実際に萎凋病(つる割れ病)の発生が抑えられることを確認しました。当時は、ネギの根の周りに増える特殊な微生物の影響ではないかと推測されていましたが、詳細なメカニズムは不明でした。
私たちは、もしこの推測が正しければ、何らかの有益な微生物が存在するはずだと考え、研究を始めました。そして実際に、ネギの根の周りに特殊な微生物が増えることを発見したのです。
ネギ特有の成分が土壌中の病原菌の増殖を抑制
テラリウム編集部:その研究過程で発見された「γ-グルタミル-S-アリル-L-システイン(GSAC)」について、詳しく教えていただけますか?
清水教授:GSACはネギ類が作る特殊な化合物でジペプチドの一種です。GSACを土壌に添加すると、抗菌物質を分泌する特定の微生物が増殖し、フザリウムオキシスポラムの増殖を抑制することができるんです。このような作用を持つ化合物は今まで見つかっておらず、今回の研究で初めて発見されました。
具体的には、GSACを添加すると3種類の微生物が増えることがわかっています。そのうち1種類はネギ属の根の周りでも増殖する細菌で、フザリウムオキシスポラムに対して強い抑制作用を示すことがわかっています。しかし、残りの2種類については、どのような作用をしているのかまだ解明できていませんので、今後の研究課題です。
また、GSACがどのようなメカニズムでこれらの細菌を増やすのかについても、まだ完全には解明できていません。この点も今後の重要な研究テーマの一つです。
研究で苦労したこと
テラリウム編集部:この研究において、一番苦労された点はどのようなことでしょうか?
清水教授:最も苦労したのは、土壌中の微生物を培養し、同定することでした。土壌中のDNAを分析することで、ネギの根の周りにどのような細菌が増えてくるのかを、次世代シークエンスという方法で調べましたが、土壌中に存在する細菌のうち、実際に培養できるのはわずか1%程度だけなんです。ネギの根の周りで特異的に増える2種類の重要な細菌のうち、1種類は土壌から比較的簡単に採取できましたが、残りの1種類は通常の方法では培養が困難でした。
目的の細菌だけを採取することがとても難しく、そのための培地の改良に多大な時間と労力を費やしました。
今後の展望
テラリウム編集部:この研究の今後の展望についてお聞かせください。
清水教授:フザリウム萎凋病は100種類以上の植物に影響を与える重要な病気です。そのため、GSACを農薬として実用化していくことが、今後の目標となります。
ただし、現状ではGSACは100mgあたり20〜30万円程度と非常に高価で、実用的ではありません。そこで、GSACと同様の効果を持つより安価な代替化合物の開発を進めています。
現在、国内外の農場で効果を検証する試験を行いながら技術の実用化を進めています。
環境に優しい農業の実現
テラリウム編集部:この技術が実用化されると、どのようなメリットが期待できますか?
清水教授:まず、環境面でのメリットが大きいですね。従来の土壌消毒が不要になるため、環境への負荷が大幅に軽減されます。また、農家の方々にとっても、ガスマスクを着用するような危険な作業がなくなります。
さらに、CO2削減にも貢献できたり、農林水産省が「みどりの食料システム戦略」にて掲げている、2050年までに化学農薬の使用量50%削減という目標の達成にも、大きく寄与できると考えています。
将来的には、微生物の力で農薬に依存しない、持続可能な農業を実現したいと考えています。例えば、現在夏採りほうれん草の連作を行う農地では、1作目が終わった段階で土壌消毒を行っていますが、それでも2〜3作目には萎凋病が発生してしまいます。一度病気が発生してしまうと病原菌がなくなるまでその農地を使うことができなくなりますが、このような問題も解決できるようになると考えています。
現在進めている研究
テラリウム編集部:現在進めている他の研究について教えていただけますか?
清水教授:はい、いくつかの興味深いプロジェクトを進めています。
一つは、病気を抑える微生物そのものを使う「バイオコントロール」の研究です。これは生きた微生物を農薬として使用する技術で、化学農薬の削減を目指す世界中の国々で注目されています。日本では、私たちがバイオコントロールを専門とする唯一の研究グループです。
具体的には、従来の農薬が効かないトマトの青枯病に効く微生物農薬の開発などを行っています。
また、国際的なプロジェクトにも参加しています。国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)と国際協力機構(JICA)が共同で運営する地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)の一環として、ゴムの木の葉枯れ病対策に取り組んでいます。インドネシアは世界第2位のゴム生産国ですが、この病気の蔓延により生産量が大幅に減少しています。近隣のゴム生産国にも広がりつつあり、早急な対策が求められています。私たちは、この葉枯れ病を抑制する微生物を探し出し、生きた微生物の農薬を開発する研究に取り組んでいます。
さらに、L-アラビノースという成分を用いた研究も進めています。この成分は植物の細胞壁に含まれているのですが、植物に与えると免疫力が向上し、病気に罹りにくくなるという現象を発見しました。現在、そのメカニズムの解明と、安全な農薬としての開発を目指しています。
原動力は「未知なる微生物の世界に触れられること」
テラリウム編集部:研究を続けていく上で、どのようなやりがいや原動力を感じていらっしゃいますか?
清水教授:私にとって最大のやりがいは、微生物の未知の機能を発見し、それを農業に応用できるという面白さに触れられることです。これが私の研究意欲の大きな源泉となっています。
実は、植物には元々あまり興味がありませんでした。しかし、趣味のアクアリウムがきっかけで、水槽の濾過槽における微生物の働きが水草の健康状態と密接に関連していることを知り、微生物と植物の関係性に興味を持つようになったんです。
そこから、この知識を健康な土壌を作るために役立てられるのではないかと研究を始めました。実際に研究を進めると、今まで知らなかった植物の免疫機能など、予想以上に興味深い発見がありました。そして、これらの発見が実際に農業に役立つという実感が、大きなやりがいとなっています。
微生物は小さくて詳細を観察することはできませんが、叶うならいつか微生物の泳いでいる姿や分泌物を出している様子などを拡大して観察してみたいなと思っています。
植物を取り巻く微生物の世界にも思いを馳せてみて
テラリウム編集部:最後に、読者に向けて一言メッセージをいただけますか?
清水教授:植物は私たちの身近に存在していますが、その生態はまだまだ謎に満ちています。一見すると植物は独立してたくましく生きているように見えますが、実は微生物の力を借りて生きている生き物なのです。
私たち人間と同じように、植物も微生物と密接に関わり合って生きているということが、とても面白いと思っています。
皆さんが植物を観察する際は、植物だけでなく、それを取り巻く微生物の世界にも思いを馳せてほしいと思います。そうすることで、植物の世界がより面白く、奥深いものに感じられるはずです。
お話を聞いた人のプロフィール
名前 | 清水 将文 |
職位 | 教授 |
所属組織 | 岐阜大学 応用生物科学部 植物病理学研究室 |