樹木の共生戦略と進化パターン 〜京都大学 山尾教授が語る森林生態系の新たな視点〜

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今回は、京都大学の山尾教授にインタビューしました。

山尾教授は、樹木の進化パターンに関する研究を通じて、送粉、種子散布、菌根の3つの共生関係が相互に関連しながら進化し、森林形成に影響を与えていることを明らかにしました。

学生実習での疑問が研究のきっかけに

テラリウム編集部:樹木の進化パターンに関する研究を始めたきっかけを教えていただけますか?

山尾教授:2年前まで在籍していた、弘前大学での学生実習の授業がきっかけで、今回のような研究に興味を持ちました。白神山地で学生たちと実習をしていて、樹木の生態や菌根菌について説明していたんです。そのときふと、果実や花の形、根で共生する菌根菌の種類が関連しているように思えました。帰ってから図鑑で調べてみたところ、確かに関連性がありそうでした。そのような関連性について研究している人がまだいないようなので、研究してみることにしたんです。

送粉共生や種子散布共生、菌根菌との共生は植物の多様性を形作ってきた重要な共生関係だと言われていたので、それらが関連しているかもしれないということに興奮して、研究を始めました。

植物が築く「共生」という関係性

テラリウム編集部:共生とはどのような関係性なのでしょうか?また、どのようなメリットがあるのでしょうか?

山尾教授:今回の研究で取り上げた共生は「相利共生」という関係性です。これは、異なる種が相互にメリットを提供し合う関係です。代表的なものに送粉共生、種子散布共生、菌根共生があります。

例えば、花と虫の送粉関係では、花が蜜や花粉を提供する代わりに、虫は花粉を遠くまで運ぶ役割を果たします。種子散布共生では、果実を食料として提供し、動物が種子を運んでくれる。菌根共生では、植物が光合成で作った栄養を菌に提供し、菌は土壌からリン酸や窒素などの栄養を吸収して植物に供給します。

ちなみに菌根共生は送粉や種子散布よりも早い時期からの共生で、約9割もの陸上植物が菌根菌と共生しており、4億年以上前から始まったとされています。植物の化石からも共生関係が確認されているんですよ。

テラリウム編集部:なるほど。ちなみに、菌根共生を行っていない陸上植物はどのようなものがありますか?

山尾教授:キャベツなどのアブラナ科はその一例ですね。菌根共生をしない代わりに、根っこから菌根菌の成長を妨げる物質を出して、他の植物の成長を妨げる戦略を取っています。菌根菌の代わりに別のバクテリアなどと共生をしているのではないかと言われています。

アーバスキュラー菌根菌と外生菌根菌の特徴

テラリウム編集部:菌根菌にはさまざまな種類があるかと思いますが、今回の研究で扱っている、アーバスキュラー菌根菌と外生菌根菌にはどのような特徴がありますか?

山尾教授:アーバスキュラー菌根菌(以下、AM)と外生菌根菌(以下、EcM)では共生の仕方が異なります。AMはカビの仲間で、根の中に侵入し樹枝状の構造などを作ります。一方、EcMは根の中には侵入せず、根の外側に広がり、地表にキノコとして現れるものもあります。

花弁の有無と送粉の関係

テラリウム編集部:動物や昆虫による送粉を行う植物は花弁があり、風による送粉を行う植物が花弁がない傾向があるようですが、どのような理由があるのでしょうか?

山尾教授花弁は植物が共生関係を結ぶために進化させたもので、昆虫に見つけてもらうための「看板」のような役割を果たしているんです。昆虫に花粉を運んでもらいたい植物は花弁が発達していますが、風による送粉を行う植物は花弁が必要ないため、花弁が退化していることが多いです。

共生関係の調査方法

テラリウム編集部:送粉共生、種子散布共生、菌根共生それぞれの進化的な関わり合いについてどのように調べられたのでしょうか?

山尾教授:今回の研究では、メタ解析と呼ばれる方法を用いました。まず、それぞれの共生に関する多数の論文をウェブ上のデータベースから収集し、リストを作成します。次に、そのリストから遺伝的な系統関係を用いて、共生関係の系統的な関わりを分析します。

例えば、菌根の場合、花弁や果実の有無などの特徴をリスト化すると、系統樹を用いてそれらの特徴がどのような順序で進化してきたかを推測できます。系統的に近い種類が同様の特徴を持っていれば、それらの共通祖先もその特徴を持っていたと考えられます。

このような分析により、送粉や種子散布共生関係の変化がAM共生からEcM共生への変化と一致していることがわかってきました。これは、3つの共生関係が単に偶然に進化したのではなく、互いに影響し合いながら進化してきたことを示唆しています

研究で苦労したこと

テラリウム編集部:今回の研究で一番苦労した点はどのようなことでしょうか?

山尾教授:今回の研究は基礎的な情報を集めることが必要不可欠で、その情報を集めるのに非常に苦労しました。自然史の情報の蓄積はまだあまり揃っておらず、また送粉や種子散布の具体的な距離がわかる様なデータもまだまだ少ないんです。

当初は699種のデータベースを用いましたが、それでは不十分だと指摘され、改めて1万種のデータベースを用いました。1万種と聞くと多いと感じるかもしれませんが、世界中には6万種以上の樹木がいると推定されており、毎年新種も発見されていく中ではまだまだ十分とは言えません。

共生する菌根の種類と樹木の進化パターン

テラリウム編集部:今回の研究によってどのようなことがわかったのでしょうか?

山尾教授:まず、動物や昆虫による種子散布は、風による散布よりも遠距離に及ぶことがわかりました。

次に、送粉、種子散布、菌根の3つの共生関係が相互に関連しながら進化してきたことが明らかになりました。例えば、AMと共生関係にある植物は、動物散布や花、果実の発達と関連が深い傾向にあります。一方、EcMと共生する植物は風媒による進化が見られやすいです。

これらの違いは、菌根菌のタイプによって周囲の同種植物への影響が異なることが原因だと考えています。AM樹種では周囲の同種植物の成長が阻害される傾向があるのに対し、EcMは成長を促進する傾向があります

このため、AMと共生する樹木は点在する傾向があり、サクラなどがその例です。これは、親木に集まる害虫や病原菌から子孫を守る(逃避する)戦略だと考えられます。そのため、種子をより遠くまで散布する必要があるのです。

一方、EcMと共生する植物は林を形成しやすく、松林やブナ林などがそれに当たります。EcMと共生する植物は、親木の近くにいる方が有利なため、散布距離が比較的短い重力散布や風散布を進化させてきたようです。

共生関係と生息地の特徴

テラリウム編集部:アーバスキュラー菌根菌と外生菌根菌、どちらと共生関係にあるかによって、植物の生息地にも特徴があるのでしょうか?

山尾教授:植生遷移の観点から見ると、一次遷移の先駆種はEcMとの共生が多く、二次遷移の先駆種はAMとの共生が多いように思います。これは、EcMがキノコを形成し、胞子を風で散布するタイプが多いため、新しい土壌にも定着しやすいからかもしれません。一方、AMは土壌中に生息するため、二次遷移に多く見られるのかもしれません。

また、緯度によるパターンも観察されており、南方ではAM共生が優勢で、北方ではEcM共生が優勢です。これは、EcMが乾燥や寒さにも強いことと関連していると考えられています。

今後の展望

テラリウム編集部:今後の研究の展望を教えていただけますか?

山尾教授:今回の研究で、菌根との共生関係が種子散布と相互に関連しながら森林形成に影響を与えていることがわかりました。植物の生育パターン、つまり群生して生えるのか、まばらに生えるのかは、共生関係によって大きく左右されることが明らかになりました。

今後は、これらの生育パターンが、他の生物との関係性にどのような影響を与えるかを研究したいと考えています。例えば、植物の葉の特性や他の性質の進化、捕食者との関係がどのように進化してきたのかを調べているところです。

植物の血縁間の協力や情報交換を研究

テラリウム編集部:山尾教授が現在進められている研究についてお伺いできますでしょうか?

山尾教授:現在、植物の環境応答に関する研究を精力的に進めています。特に興味深いのは、植物が遺伝的距離を識別し、様々な反応を示すという点です。

植物は血縁度を認識することができ、それに基づいて協力行動を取ったり、積極的に情報伝達を行ったりしています。これは、アリなどの真社会性昆虫に見られる行動と類似しており、植物でも同じような社会性が見つかる可能性があります。

将来的には、この研究と森林生態系の研究との接点を見出せると考えています。

研究の醍醐味は「世界の見え方が変わること」

テラリウム編集部:研究を通じて感じているやりがいや、研究意欲の原動力について教えていただけますか?

山尾教授:研究の醍醐味は、今まで見ていた世界がまったく新しい視点で見えてくることだと思います。旅と同じように、研究も新しい発見の連続です。しかし、旅と違うのは、既に知っていたことが全く別の”もの”や”こと”に見えてきて、それまでと世界が変わって見える点です。

植物も昆虫も、生き生きとした世界が見えてくる。その瞬間に立ち会えることが、私にとっての最大のやりがいであり、研究を続ける原動力となっています。

読者に向けてのメッセージ

テラリウム編集部:では最後に、テラリウム読者に向けて一言いただけますか?

山尾教授:私たちのすぐ身近に生えている植物たちも、長い進化の歴史の末、今の姿に至っています。進化のストーリーを意識して植物を観察してみると、新たな魅力が見えてくるかもしれません。ぜひ、植物にもっと興味を持っていただければ嬉しいです。

お話を聞いた人のプロフィール

名前山尾 僚
職位教授
所属組織京都大学 生態学研究センター 植物生態学研究室

研究室ホームページ:https://yamawolab2015.com/
山尾僚ホームページ:https://akira-yamawo.jimdofree.com/

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TERRARIUM編集部です。SDGsや環境に関連するコラムをお届けします。
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