‘‘食卓に革命を起こす‘‘クッキングアップル リンゴ研究の最前線 静岡大学 松本和浩教授&中込光穂さんにインタビュー

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今回は静岡大学の松本和浩教授と博士課程の学生で岐阜大学大学院連合農学研究科所属(静岡大学配属)の中込光穂さんにお越しいただきました。お二人が取り組まれているクッキングアップルの研究について詳しく伺いたいと思います。

クッキングアップルとは?

テラリウム編集部(以下、編集部):まず、松本教授、中込さん、クッキングアップルとは一体どのようなものなのでしょうか?

松本教授: クッキングアップルは、主にヨーロッパで広く栽培、利用されているリンゴの品種です。日本では馴染みが薄いのですが、イギリスではブラムリーという品種が有名です。

松本教授:このブラムリーの最大の特徴は加熱するとジャムのようになることです。「クッキングアップルの王様」と呼ばれています。日本で私たちがよくスーパーで買って食べるリンゴは、生で食べるとシャキシャキした食感がありますよね。それを電子レンジなどで短時間加熱してもある程度食感が残ります。一方、ブラムリーは生で食べると日本のリンゴと同じようにシャキシャキしているのですが、加熱すると全く異なる性質を示すんです。

短時間でジャムに早変わり

編集部: 加熱するとジャムになるんですか?それは面白いですね。具体的にはどのような変化が起こるのでしょうか?

中込さん: はい、例えば電子レンジで短時間、5分程度加熱するだけで、なめらかなペースト状になるんです。これは日本のリンゴでは見られない特徴です。

編集部: その違いは何が原因なのでしょうか?松本教授、科学的な観点から説明していただけますか?

松本教授: はい、それが私たちの研究テーマの一つです。簡単に言うと、細胞壁の構造の違いにあります。植物の細胞壁は、形をしっかりと保つ機能を持っているんですが、その中でもペクチンという柔らかい部分と、セルロースという骨格になる部分があります。通常のリンゴは加熱してもセルロースの骨格がなかなか崩壊しないのですが、クッキングアップルのブラムリーは短時間の加熱で細胞壁全体が崩壊してしまうんです。

中込さん: そうですね。私たちは、それを「熱崩壊性」と呼んでいます。この性質がなぜ起こるのか、遺伝的な要因も含めて研究を進めているところです。

健康食ブームに革命を

編集部: なるほど、非常に興味深い研究ですね。この研究にはどのような意義があるのでしょうか?

松本教授: 大きく二つあります。一つは、日本の食文化にクッキングアップルを取り入れることで、新しい食の可能性を広げることです。例えば、朝食のパンに電子レンジで温めたクッキングアップルを塗って食べるなど、手軽に果物を取り入れられるようになります。もう一つは、この特性を持つ新しい品種の開発につなげることです。

中込さん:このブラムリーを電子レンジで加熱するだけで、毎朝出来立てのジャムが食べられるんですよ。

松本教授:加えて、健康面での利点もあります。通常のジャムは糖度が40%以上と高いのですが、クッキングアップルを使えば糖分を抑えた自家製ジャムが簡単に作れます。最近は糖質制限が話題になっていますが、そういった健康志向の方にも適していると言えます。

編集部: 確かに、健康面でのメリットは大きそうですね。

リンゴ研究のきっかけ

編集部:ところで、お二人がリンゴ、特にクッキングアップルの研究を始められたきっかけは何だったのでしょうか?

松本教授: 私は以前、青森県にある弘前大学で研究をしていました。そこの藤崎農場は、皆さんもご存知の「ふじ」というリンゴが生まれた場所なんです。そこでリンゴ研究に出会い、静岡大学に来てからも特に「利用」に着目し研究を継続しています。

中込さん: 私は研究室に入ってから、新しい世界を見ることができました。特に、自分の知らなかったことを勉強して、それを市民の皆さんに伝える機会があることが面白いと感じています。

意外と知らないリンゴ生育の条件

編集部: リンゴ栽培には特別な環境が必要なのでしょうか?例えば、九州や沖縄でも栽培は可能なのでしょうか?

松本教授: リンゴはあらゆる環境で育つことができますが、どちらかというと寒い環境の方が栽培しやすいです。ただし、静岡でも栽培している方がいますし、広島県の高地でも栽培されています。味も少し違って、甘みが強くなります。

松本教授: 沖縄や九州の暖かい地域でも、特殊な方法を使えば栽培は可能です。リンゴには休眠という性質があり、一定の寒さに当たらないと芽が出ません。ですので、暖かい地域では特殊な薬剤を使って芽を覚ませる必要があります。実際に、海外の中東のような暖かい地域でもリンゴは栽培されています。

世界的問題解決にも役立つクッキングアップル

編集部: 興味深いですね。この研究は環境問題や食糧問題の解決にもつながりそうですか?

松本教授: はい、その可能性はあります。例えば、パーマカルチャーという農業理論に基づいた栽培方法を採用することで、より環境に優しい果樹栽培が可能になるかもしれません。パーマカルチャーは、植物と人間を含めた自然全体がどう関わり合って、全体としてどういい循環を作っていけるかを考える方法です。

松本教授: また、クッキングアップルは見た目にこだわらなくても良いので、農薬の使用を減らせる可能性もあります。さらに、温暖化が進む中で、新しい栽培方法や品種の開発も必要になってきています。例えば、静岡でアボカドやパパイヤ、コーヒーを栽培するにはどうしたらいいかなど、今までにない作物の栽培方法を研究しています。

研究での苦労

編集部: 研究を進める上で、特に苦労された点はありますか?

松本教授:クッキングアップル自体があまり日本で栽培されていないので、研究用のリンゴを入手するのが難しかったです。また、日本での栽培技術がまだ確立されていないので、いつ収穫したものを実験に使えばいいのかなど、情報が限られていたのが大変でした。

松本教授: ただ、研究の面白さもたくさんあります。例えば、ブラムリーファンクラブという、このクッキングアップルを日本に広めようと活動している方々と情報交換しながら研究を進められたのは非常に良かったですね。

中込さん:私は実験に苦労しました。特に細胞壁を抽出するのが大変で。

編集部:実験というと、数時間で終わるわけではないかと思います。実際どのくらいかかるんですか?

中込さん:一回、細胞壁成分を抽出するだけで、一週間もかかります。

まとめ:植物との触れ合いを大切に

編集部: 最後に、植物に興味を持つ読者のみなさまへメッセージをお願いします。

松本教授: 植物に興味を持つ皆さん、ぜひ日々の観察やその中から生まれる疑問を大切にしてください。皆さんの気づきが、私たち研究者の新しい発見につながることがあるんです。SNSなどで積極的に共有していただけると嬉しいですね。実は、私たちの研究のきっかけも、一般の方々が日々植物と触れ合う中で発見した不思議な現象だったりするんです。

中込さん:そうですね。そして機会があれば、ぜひクッキングアップル、特にブラムリーを試してみてください。新しいリンゴの世界が広がると思います。

お二人のこれから

編集部: 本日は貴重なお話をありがとうございました。最後に、今後の研究や活動について教えていただけますか?

松本教授: はい、いくつか予定があります。8月21日に静岡県島田市の大井川鐡道の「門出駅」に直結した複合施設「KADODE OOIGAWA」でウメのワークショップを行います。また、12月21日には静岡市の健康文化交流館「来・て・こ」でアボカドの公開講座を行う予定です。さらに、静岡県のスーパー「田子重」さんで、長野県飯綱町産のクッキングアップルを含めたリンゴの販売促進イベントや、私たちの研究チームが青森県の弘前大学で育成した新しいリンゴを学びながら楽しむ講座も計画しています。

中込さん: 私はこの秋から、文科省のトビタテ!留学JAPANプログラムを利用し、イギリスと中国に留学する予定です。イギリスではブラムリーの原産地を訪ね、現地の人々のリンゴの利用の仕方を学習するとともに、サイダーなどの味の多様性も学びたいと思っています。さらに、中国ではリンゴの原産地の一つである新疆のリンゴの原生林を訪れ多様なリンゴを見るとともに、上海交通大学で落葉果樹に関する様々な研究手法を学びたいと考えています。

編集部: 素晴らしいですね。松本教授と中込さんの研究からも分かるように、身近な植物にも驚くべき可能性が秘められています。ぜひ、植物の世界にもっと興味を持ち、お二人の研究活動にも注目していただければと思います。本日はありがとうございました!

お話を聞いた人のプロフィール

名前  松本 和浩
職位 教授
所属組織 静岡大学農学部生物資源科学科バイオサイエンスコース
静岡大学大学院総合科学技術研究科農学専攻
岐阜大学大学院連合農学研究科生物生産科学専攻
園芸イノベーション学研究室

名前  中込 光穂
職位博士課程
所属組織岐阜大学大学院連合農学研究科所属(静岡大学配属)

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